日記

だめにんげんの日々

雨が去って夏が来た

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こんなかんじの駅の改札を抜けたら目の前が海みたいな場所が大好きなのですが

7月後半は失ってしまった命のことだとか、もう会えないかもしれない存在を思い出す機会が多くて脳が疲れた。頭を初期化するためにちょっと遠くまで。県外には出れないので県内です。。今感染したら入院費用なんかないし多分死ぬ。自分よりも親が異常に怖がっていて東京に少し出ただけでも「満員!!電車!!密!密でしょおおお!」と発狂するので遠くに行くのはダメなのだ。

しんどくなったらとりあえず海を見に行きます。

海水浴場はコロナで営業してないのに、こっそり泳ぎに来る地元民はたくさんいるようだ。監視員もいないので楽だね。

コロナ関係なく過疎化は元々進んでいるので、コンビニとラーメン屋以外のお店はすべて潰れている。田舎でよくみられる寂れた風景で今後はその流れがさらに加速するのだろう。

今日WHOのエライ人が言っていたんだけど、コロナの感染が終息しても経済や文化への影響は数十年続くのだそうだ私たちは元の世界に帰りたくてもう戻れない、人類はあきらめて無菌コロニーの開発をはじめたほうがいい。

コンビニとラーメン屋しかないしセブンのイートインは閉鎖されてるし

しかたないので次の電車がくるまでその辺をぶらぶら歩くだけにした。雰囲気はまんまねじ式の漁村である※ほんとは内房線太海駅が聖地らしいけど。

鯛せんべいという謎の看板のお店では切り刻まれた鯛が死んでいた。

20代~今の会社(ニート)に入るまでの交友関係はそんなに広くなかった。中高の友人は厳選した数人だけだし、フットワーク軽めだからオタク関係のオフ会は行くけどジャンルを変えたらリセットしてきた。

どんなに愛しく思っても、子供も子供の父親も親友も私の大事なものたちは手の中からこぼれて消えてしまうから、なくなるくらいならば最初から無しがよいと拗らせてしまって、自分から積極的に人を遠ざけていくような生き方をしていた。

周りの人がどんどん不幸に巻き込まれていくし、好きなバンドマンも若くして死んでいくし自分ガチで死神ちゃう?と一時期真剣に悩んだこともある。

最近、それではいけないと思いなおしたのだが自分と同年代の人たちはすでに結婚育児で忙しく話が合わない

自分はどう死んでいくのかそればかり考える

とりま生きる意味?